おばさんの透明人間化現象とは。

 最近、「私、透明化してる?」と思いたくなるような

場面によく遭遇します。

といっても無視されるわけではないのです。

無視以前に、気付かれないといいますか、風景に同化している、

もしくは背景の一部になってしまっているというような…。

「ここに人、いますよ!」と言いたくなる場面。

これまで、そんなこと感じたことありませんでした。

周囲から注目とは程遠いものの、人として意識はされていた…。

そんな感覚がありました。

 ところが、どうでしょう!最近はまるで誰もいないかのような扱い。

例えば、混んだ電車の中。乗り慣れた人なら、ある程度自分の

周りとの間隔を考えてパーソナルスペースを確保できるよう位置取りしますよね。

それが、最近は誰もがめちゃめちゃ近づいてくる。

遠慮なく突っ込んでくる。

私の近くの他の人(おばさん以外)との間隔は空けるのに、です。

これは老若男女関わらずの現象で、若いころはこんなことなかったので

とても戸惑います。

真正面に向かい合って立たれる場合もあります。

 「もしかして私、誰からも見えていない?」と思ってしまうのは、どうしてかな?

原因を自分なりに考えてみました。

 

透明化の原因を考えてみる

 私は混雑路線で40年、電車通学、通勤を続けてきましたが

”まるで透明人間のような扱い”を意識したのはここ最近なので

やはり、「おばさんになったから」ではないのか。

そんな気がしています。

おばさんって、若い女性と違って、意識する必要が無いし気を遣うに値する存在でもない。

だから目に入らない。気付かない。風景と一緒なのです。

 見事に遠慮がなくなった、というか遠慮する必要の無い人になりました。

その上、危険度も低い(おっさんの場合、たまにキレる人がいるから油断できない)ことが

透明人間化を加速させているのではないかと。

 前向きに考えるなら、人の目を気にする必要が無いので気が楽になった!

そう。おばさんがどんなダサい格好でいようが、電車の中で汗をダラダラ流していようが

気にする人は正直言って、いません。

だからこちらも気にする必要は無い(あくまでもマナーはわきまえた上での話)。

そう思うことにします。

続きを読む

前へ次へ

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です